イタリアワインを語る前に、まず”農業”を語るの巻ー3「欧州グリーンディールとイタリア農業の今」編

「衣食住」と、日本語ではよく言ったもので、この3つは生活に必要最低限のものです。前回2回連続の投稿であった通り、イタリアにおいて、農業は重要な産業の一つ。当たり前のことですが、人々が食べていくことは、生きていくために不可欠であり、ひいては国の安全保障の観点からも重要ですね。

【前回の記事はこちら↓↓↓↓↓↓↓】

まず、イタリアの田舎に行って驚くのは、農業が職業として定着している地域が多いということ。小さな家族経営の農家さんや酪農家さん、畜産農家さんが、それぞれオリーブ、果樹、野菜、ワイン、チーズ、サラミなどの地域ブランドを生み出し、それで生計を立てています。最近ではアグリトゥリズモといって農業と観光を合体させたビジネスも盛んです。こちらでは「農業は一つの専門職」という社会的な位置づけがかなり強いと感じます。

けれど、こうした一軒一軒の農家の営みも、イタリア一国だけで完結しているわけではありません。イタリアはEU加盟国であり、農業政策は前回紹介した、フランスが主導して創設されたEU共通の農業政策(CAP)という枠組みの中で進められています。その方針はEUの機関(主にブリュッセル)で決められ、イタリアもその影響を受けています。 次の章では、昔からあるCAPに新しい方向性を持ち込み、近年大きな議論を呼んでいる「欧州グリーンディール」と、その中心にある「Farm to Fork戦略」について見ていきます。

イタリアのコンバイン(収穫機)の前面に取り付ける”トウモロコシ用ヘッダー”。アメリカのは見たこないけど、イタリア製もビックサイズ!

欧州グリーンディールとFarm to Fork戦略とは何か

欧州グリーンディールは、平たく言うと”環境を守りながら、ヨーロッパの経済も成長させていこう”というEUの大きな政策です。その目標は、2050年までに気候中立(温室効果ガス排出実質ゼロ)を実現すること*1。深刻化する気候変動や、自然の豊かさが失われつつあることへの危機感が、この政策が打ち出された背景にあります。

「気候中立」というのは、つまり昔は「環境を守ると企業は儲からない。経済成長とは両立できない」と考えられていましたが、逆の発想をし「環境対策に投資すれば、新しい産業や雇用が生まれ、ヨーロッパの競争力も高まる」よね、省エネ技術、循環型経済、建物の省エネ改修、持続可能なモビリティ、農業・食、生物多様性、汚染ゼロなどに投資すれば、新しい産業が育ち、雇用が増え、世界で競争力を持てるようになるよね、と環境を守ることをコストではなく、未来への投資と考え始めました*2

手前にはブロッコリー畑。奥にはブドウ畑が広がる。

そして、この欧州グリーンディールの中で農業・食料分野を担うのが「Farm to Fork(農場から食卓まで)戦略」です。欧州委員会は2020年5月20日にこの戦略を発表し、持続可能な農業への転換を目指すため、次のような目標を掲げました*3。

・2030年までに化学農薬の使用量とリスクを50%削減
・2030年までにEU農地の25%を有機農業へ転換

ここで注目したいのは、いずれも現在のところ「目標」であって、「法律」として義務付けられたものではないという点です。 しかし、上記1番目の「2030年までに化学農薬の使用量とリスクを50%削減」については、これを法的拘束力のあるEU規則(SUR規則案)にしようとする動きがありました。しかし、この後、農家の猛反対を受けて頓挫することになります。 この頓挫した案は、かなり踏み込んだ内容でした。EU全体で50%という目標自体には拘束力を持たせつつ、加盟国ごとの個別目標には一定の幅を持たせる設計で、たとえばイタリアには、基準期間比で農薬全体62%減、危険性の高い物質は54%減という、EU平均を上回る国別目標が想定されていました*4。その経緯については、後ほど詳しく見ていきます。

傾斜で駐車。大丈夫かな。。

有機農業では、実はイタリアが既にトップランナー

ここで面白いのが、イタリアの立ち位置です。上記2番の「25%を有機農業に」という目標に対して、2024年時点でのイタリアの有機農地比率はすでに20.2%に達しています。これはスペイン(12.3%)、ドイツ(11.5%)、フランス(9.9%)を大きく引き離す数字です。しかもイタリアは、EU全体の期限である2030年より前倒しし、2027年までに25%達成を国内目標として掲げています*5。

なぜイタリアの数字がここまで大きいのか。筆者が思う理由は、国内でオーガニック食品への需要が高いことや、有機認証が輸出競争力を高める付加価値として広く受け入れられていること。さらに、南部に多いオリーブなどの樹木作物は、もともと有機栽培と相性がいい土地柄であること。そこにEUの支援もうまく活用しながら有機農業を推進してきたことが、今の数字につながっているのだと考えています。

つまりイタリアは、「押し付けられたから嫌々」ではなく、もともと得意な分野ではむしろ自分から先頭を走っている、という一面を持っているのですね。

イタリアの田舎の農業資材店。家庭菜園用にもグッツがびっしり棚に並ぶ。

 

 

EUが掲げた理想、農家が直面した現実

ここで、話を欧州グリーンディールに戻します。 前の章で紹介したように、EUが2050年の気候中立を掲げる成長戦略・欧州グリーンディールの中で、農業・食料分野を担うのが「Farm to Fork戦略」でした。農薬の使用削減や有機農業の拡大といった目標が、CAP(共通農業政策)の環境要件やSUR規則案という具体的な制度・ルールとして農家に求められるようになると、「理念には賛成だが、このままでは経営が成り立たない」という不満が各国で高まっていきます。 さらに、肥料や燃料価格の高騰、EU域外から輸入される安価な農産物との競争も重なり、農家たちの不満は限界に達しました。 その不満が一気に噴き出したのが、2023年末から2024年初めにかけてヨーロッパ各地で起きた「トラクター抗議」です。

このニュースは連日のように報じられ、筆者自身も実際にデモの一部を目にしたことがあるので、今でもとても印象に残っています。では、実際に何が起きたのでしょうか。

事の発端はドイツ

2023年末、ドイツ政府が財政難を理由に、農業用ディーゼル燃料への税優遇や農業用車両の自動車税免除を縮小すると発表すると、農家が猛反発。12月には300台以上のトラクターがベルリンのブランデンブルク門に集まり、年明けの1月に入ると約5000台のトラクターと1万人を超える農家が首都を埋め尽くしました。 この動きはすぐにフランスへと広がります。 フランスでは、肥料や燃料価格の高騰に加え、EU域外から流入する安価な農産物との競争や環境規制への不満も重なり、1月末にはトラクターがパリへ通じる主要高速道路を封鎖する「パリ包囲」と呼ばれる大規模な抗議へ発展しました。 そして1月末から2月にかけて、その波はイタリアにも及びます。 ミラノ近郊を皮切りに、北部から南部まで各地でトラクターによるデモが相次ぎました。 思い思いの横断幕には、農家の切ない思いが書かれたメッセーが並びます。

“L’AGRICOLTURA È VITA NON SI TOCCA” (農業は私たちの命。軽々しく変えるな)

https://www.ilpost.it/2024/02/02/proteste-agricoltori-italia-richieste/  [当時の様子のサイト記事] 

“NO FARMS, NO FOOD,  NO FUTURE” (ファームがなければ、食べ物もない。未来もない)

https://www.milanotoday.it/foto/cronaca/protesta-trattori-melegnano-foto-lapresse/#protesta-trattori-foto-lapresse-3.html  [当時の様子のサイト記事] 

と書かれた横断幕がひらめく光景。 これらのメッセージには、当時の農家たちの切実な思いが表れていたように感じます。 「農薬を減らして収穫量は維持できるのか」「病害虫が発生したらどう対応すればいいのか」といった現場ならではの不安。そこに当時の燃料や肥料の価格高騰、安価な輸入農産物との競争の要因が重なります。

2024年2月1日、ブリュッセルでEU首脳会議が開かれるのに合わせ、ベルギー、フランス、イタリアなど各国から集まった約1000〜1300台のトラクターがEUの中心地に集結しました*6。藁の山に火が放たれ、警察との衝突も起こるなど、ドイツで始まった抗議は、わずか2か月足らずでEU全体を揺るがす出来事へと発展したのです。 トラクター抗議は、欧州グリーンディールそのものを終わらせたわけではありません。しかし、この出来事をきっかけに、EUは「理想だけでは農業政策は進められない」という現実に向き合うことになります。

その結果、農薬の使用量削減を法的に義務付ける予定だったSUR規則案は撤回されるなど、Farm to Fork戦略の一部は見直されます。一方で、有機農業の推進や環境に配慮した農業への支援など、実現可能な取り組みは現在もCAP(共通農業政策)の補助金制度などを通じて続けられています。

つまり、欧州グリーンディールがなくなったわけではなく、農業分野ではアクセルを少し緩め、現場とのバランスを取りながら政策を進める方向へと舵が切られたといっていいでしょう。

農業資材店の店先では、さくらんぼ、モモ、ブドウといった果樹のポット苗木が売られている

EUの中のイタリア農業

生きていくために欠かせない、ごく当たり前で大切な営みである「農業」。そのあり方をめぐって、ブリュッセルの会議室からトラクターが集まった欧州の農村まで、さまざまな立場の人たちが議論を重ねています。 EUは27か国からなる共同体。それぞれの国に事情があり、考え方も違う以上、「これが正解」という答えを見つけるのは簡単ではありません。

イタリアもまた、その中で自国の農業に合った道を模索し続けています。これからEUの農業政策がどのように変わり、それにイタリアがどう向き合っていくのか、筆者も現地にいる限り、その様子を追いかけていきたいと思います。

(END)

参考資料: 

*1) 2050年気候中立。欧州グリーンディールの目標:  https://commission.europa.eu/strategy-and-policy/priorities-2019-2024/european-green-deal_en (欧州委員会公式ページ)

*2)グリーンディールの投資分野。省エネ・循環経済・建物・モビリティ・農業/食・生物多様性・汚染ゼロ:  https://commission.europa.eu/strategy-and-policy/priorities-2019-2024/european-green-deal_it  (欧州委員会イタリア語公式ページ)

*3) Farm to Fork戦略。2020年5月20日発表、数値目標:

https://www.consilium.europa.eu/en/policies/from-farm-to-fork/ (EU理事会Consilium公式ページ)

*4)  イタリアSUR規則案 国別目標(62%/54%):

https://feder.bio/cambiamoagricoltura-no-pesticidi-si-biologico-23-settembre-tutti-bologna-festeggiare-bio-chiedere-rapida-approvazione-del-regolamento-ue-pesticidi-sur/ (FederBio(全国有機農業連盟)

https://www.cambialaterra.it/2022/09/taglio-pesticidi-ue-perche-gli-obiettivi-non-sono-uguali-per-tutti/ (Cambia La Terra)

*5)  イタリアの有機農地20.2%、2027年目標:

https://agronotizie.imagelinenetwork.com/agricoltura-economia-politica/2026/01/13/biologico-italia-sempre-piu-vicina-alla-soglia-ue-del-25-della-sau/88719  (Agronotizie)

*6 )デモ、2024年2月1日   https://www.quotidiano.net/esteri/bruxelles-mille-trattori-hlwzn6z3  (Quotidiano.net)

https://www.ansa.it/sito/notizie/mondo/2024/02/01/bruxelles-assediata-da-mille-trattori-lue-sbaglia-_365da597-1466-4678-98fb-9f97f32585aa.html  (ANSA伊主要通信社)

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