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このシリーズコーナーでは、現在イタリアでワイン関係に携わっている一人の写真家が、現地からの肌感覚を交えてイタリアのワインについて綴っています。
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【前回の記事はこちら↓↓↓↓↓↓】
この回はやっと、ワインを取り巻く現状について触れます。 以前に書いた記事の通り、欧州にとって農業とは国として大切な産業の一つ。 そして、「食」の一部を担うワイン産業もまた、文化的にも経済的にも欠かせない存在です。 イタリアでは、ワインは農産食品の輸出品目の中で最大であり、2024年の輸出額は約81億ユーロ*に達しました。産業規模でも農業・食品産業全体の約1割を占め、人々の生活を支える重要な分野の一つです。

中央イタリア・トスカーナ。ブドウ畑が続く。
ワインといえば「イタリア」、と単純な動機で、筆者はここに横跳び留学してしまいましたが、実際にワインの生産地に身を置くと、どこもかしこもブドウ畑。視界の先にはいつもと言っていいぐらいブドウ畑があります。日本と違って、北イタリアはブドウ畑といえども食用でなく、醸造用のブドウがメインです。
地元の人からは、昔はとうもろこしや桃など他の植物があったんだよー、なんて話も耳にするものです。 確かにそれはごく自然なことで、私が目にするこの心を動かす農村風景は、決して自然のまま残された景色ではなく、その土地の気候や市場、そして時代ごとの需要に合わせて、人が少しずつ形を変えながら築き上げてきた風景だな、といつも思います。

北イタリア・プロセッコの生産地。5月のブドウ畑の様子。
農業とは、自然と向き合いながら、その土地に最も適した作物を育て続ける営み。豊かな実りをもたらしてくれる一方で、病害や害虫、霜害、干ばつ、大雨など、時に厳しい試練も与えます。人は常に、その土地や気候を理解し、栽培方法を工夫し、ときには品種そのものを改良しながら、自然と折り合いをつけて農業を続けてきました。 その歴史は同時に「品種改良の歴史」でもありました。 人は何千年もの間、「より多く収穫できるもの」「病気に強いもの」「おいしいもの」を選び続けてきました。
しかし現在、その目的に新しい課題が加わっています。それが、前回の記事でも触れましたが「環境負荷を減らしながら農業を続けること」です。EUでは、グリーンディールをはじめとする政策のもと、農薬や化学肥料への依存を減らし、持続可能な農業へ転換することが求められています。
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ブドウが抱えてきた課題
では、数ある作物の中で、なぜブドウが議論の対象になりやすいのでしょうか。 理由は、経済的スケールの大きさと合わせ、ブドウという植物がもともと持っている性質にあります。 欧州でワインづくりに使われているブドウは、長い歴史の中で品質を磨き上げてきた一方、「べと病」や「うどんこ病」といったカビの病気には、実はもともと弱い性質を持っています。
これらの病気は、もともとヨーロッパには存在していませんでした。19世紀、アメリカ大陸原産のブドウがヨーロッパへ導入される中で、これらの病気も持ち込まれたと考えられています。
なぜアメリカのブドウは平気で、ヨーロッパのブドウだけが大きな被害を受けたのか。答えは進化の歴史の違いです。アメリカの野生ブドウは、長い年月を病気と共に過ごし、抵抗性を身につけていました。一方ヨーロッパのブドウは、これらの病気と出会う機会がなく、無防備なままでした。

フィロキセラ(ブドウネアブラムシ)によって葉にできた虫こぶ。もともとヨーロッパには存在せず、19世紀後半に北米から持ち込まれ、ブドウ栽培に壊滅的な被害をもたらした。
つまり、ヨーロッパのブドウが近年急に弱くなったわけではなく、もともと無防備だったところに、今は気候変動が重なり、病害のリスクをさらに押し上げています。
だからこそ、ブドウ栽培においては病害を防ぐための防除は欠かせない一方、EUは農薬使用量の削減も掲げています。この一見相反する課題に向き合うためのアプローチはいくつかあるのですが、ここではその代表的な二つをご紹介します。
PIWI(ピーヴィー)というアプローチ
PIWIとは、ドイツ語の Pilzwiderstandsfähig(ピルツヴィダーシュタンツフェーイヒ)の略称です。 ドイツ語なので、長すぎて何のこと?となりますが、「カビの病気への抵抗性を持つ」という意味から名付けられたブドウ品種の総称で、一般的には PIWI(ピーヴィー) と呼ばれています。

PIWI品種の一つ、ヨハニター(Johanniter)。 ドイツで育成された品種です。
使われている育種の手法自体は、決して新しいものではありません。PIWIもその基本は同じです。病害への抵抗性を持つアメリカ系ブドウと、ワイン品質に優れたヨーロッパ系ブドウを交配し、その中から双方の長所を兼ね備えた個体を選び続けます。こうして育成されたのがPIWIです。
さらに近年では、病害への抵抗性に関わる遺伝子をDNAレベルで確認できるようになり、従来よりも狙いを定めた品種改良が可能になっています。

PIWI品種の葉。表面に見える茶色い点々は、病原菌が侵入した部分の細胞だけを死なせ、病気の広がりを防いだ跡
ここで一つ付け加えると、PIWIは「病気にならないブドウ」ではありません。適切な栽培管理を行いながら、病害の発生や被害を抑え、農薬への依存を減らし、より持続可能なブドウ栽培を目指すための選択肢の一つです。
ただ、この方法では、既存の品種ではなく、新しいブドウ品種が育成されることになります。 しかしイタリアには、その土地の歴史や文化とともに受け継がれてきた伝統品種が数多く存在します。
「新しい品種をつくる」のではなく、「今ある品種をそのまま未来へ残せないだろうか」。 そんな発想から研究が進められている、次に紹介するTEA(テア)です。
TEAというアプローチ
一瞬、お茶のTEAと同じスペルなので何のことか戸惑いますが、このTEAとは、イタリア語で Tecniche di Evoluzione Assistita の略で、日本語でそのまま訳すと「進化を後押しする技術」といったところです。ちなみに日本の農水省などでは、同じ技術群を指して「新育種技術」という言葉が使われているらしいです。
PIWIが交配によって新しい品種を育成するのに対し、TEAは従来の交配だけに頼らず、植物がもともと持つ遺伝子に狙いを定めた変化を加えることで、望ましい性質を引き出すことを目指す育種技術です。
そのため、イタリアでは「新しい品種を一から作る」よりも、長い歴史の中で受け継がれてきた伝統品種をできるだけそのまま残しながら、病害への対応や環境負荷の低減を目指せる可能性がある技術とされています。
この技術は、制度整備や社会的な議論が続いており、PIWIに比べると、実用化はこれからの段階です。 TEAは一般的にイメージされる「遺伝子組換え」とは少し異なる考え方の技術で、その中にもいくつかの手法があり話が長くなってしまうので、ここでは触れず別の機会で取り上げたいと思います。
イタリアが向き合うこれからのブドウ栽培
もちろん、伝統を重んじる農家さんからはこれらのPIWI、TEAに慎重な意見もありますが、これからのブドウ栽培の在り方において、生産者、大学や研究機関、行政など、それぞれの立場から研究や議論が進められています。
というのも、現場には待ったなしの課題が山積しているのも事実なのです。 ここで紹介したPIWIもTEAは、それぞれの役割を持ちながら今後イタリアのブドウ栽培を支えていくのではないか、と個人的には思っています。
参考資料:
* ISMEA, Rapporto sull’Agroalimentare Italiano 2025(https://www.ismeamercati.it/flex/files/1/7/d/D.82b20cf3014aaeab8250/SchedaVino_Aprile_2025.pdf)
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